読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

MOTION SONIC PROJECTと関わる人とすべきことと

SONYのMOTION SONIC PROJECTというものをご存知でしょうか?

とってもかっこいいもので見た瞬間に虜にになりました。

体の動きに合わせて音が鳴るというものでとてもおもしろいです。

motionsonic.sony

 

何をすべきか?

最近は東芝であったり、てるみくらぶであったりといった会社がごたついたりしています。大手に入った人の人生も一瞬で思わぬ方向へと転んでいってしまいます。

一方、上記のようにおもしろいものや取り組みが生み出され、ダンスができる人が活躍できるといった世界になっております。

このように、昔と今で大きく変わる世界において私たちは何をするべきなのでしょうか?

 

表現する人

上記のような新しいものが普及してきて、踊りができる人の活躍がますます期待できますね。彼らは表現する人ですが、いろいろあります。歌手、ダンサー、絵描き、ライター、etcなどなど何かを作る人はみな表現する人になるのではないでしょうか。

ネットが普及する前はこのような人々の活躍の場は、非常に限られた場所であったと思われます。しかしながら、ネットが普及した今ではスマホと体があれば自分の表現を世界中にばら撒くことができるようになりました。そのため、Youtuberといった新たな仕事も生まれ、活躍の場を広げています。

勉強しないで、ギター弾きまくりのバンドマンも昔よりは有名になりやすいのかもしれません。(その分母数も増えている可能性もあり、断言はできませんが。。。)

 

勉強できる人

一方昔は勉強の力は強力だったのではないでしょうか?それはあくまで相対的に強力なスキルだったということですが。

昔(つい最近、なんなら現在も)は、東証一部上場に入り、定年まで働くことが人生のステータスであり、いわゆる勝ち組といわれるような人生でした。その際にそのステージへと参入するための条件が「いい大学を出る=勉強ができる」というものでした。もちろん社内での出世レースを勝ち抜くというようなこともあると思いますが、勉強ができなければそのステージにすら立てなかったのです。

 

ただ、ネットが普及した今勉強ができる人の持つ力は相対的に減りました。勉強ができるということは簡単に言えば記憶力がいい人です。(当然本当に勉強ができる、頭のよい人もいます)

でもわざわざ記憶しなくても調べたら出てくる時代になったのですから、ただ覚えているだけというような人の持つ力などほとんどありません。

 

仕掛ける人

話は冒頭に戻りまして、SONYのMOTION SONIC PROJECT

表現する人がいれば、それらの人を活かして仕掛ける人が出てくるわけです。

それはときとして表現する人自身であり、また勉強ができる人であったりまちまちです。ただ、この仕掛ける人のほうにはその仕掛けを実現するための技術に詳しいような勉強できる人が確実に存在します。思い付きだけではできない部分を補完する勉強できる人の存在は非常に大きな存在です。

 

表現したい?仕掛けたい?

まずは自分がどっちの人間になりたいかと考えてみましょう。どっちかに完全に絞る必要はありませんが、どっち寄りかを考えてみてください。その後表現したいのであれば、体を動かし、仕掛けたいのであれば、知識を増やしながら考えを深めていくのがいいでしょう。仕掛けるためには、勉強が必要になってくるかもしれませんが、あくまで記憶力がある人ではなく、理解を深める勉強をしていくことが大事です。

 

何をすべきかではなく何がしたいかで動いてみよう

冒頭を丸っきり否定してしまうようで、申し訳ないのですが、結局のところ好きなことをやるのが一番ということですね。今の時代ネットがあるため、自分の好きなことをとことんやっていくことこそがその一番のやるべきことだと思います。「好きこそものの上手なれ」という言葉もありますが、その道をとことん追求していくことが自らの道を開くことになると思います。

これは年齢に関わらない話だとおもっておりまして、もう年齢も年齢だから踊ったりできないよなんて思わず、どんどん挑戦していくことが重要かと思います。あなた自身が自分の年齢では・・・と思っていることは、おそらく他の人も思っていることです。その中で挑戦することこそがそもそも個性的であり、差別化であり、楽しく生きていくきっかけになると思われます。

私たちはついついどうしたいかではなく、どうすべきかで判断してしまいますが、~すべきから~したいに変えていくことでおもしろいことが生まれてくると思われます。

あと何年生きるかわかれば人生計画が立てやすいのでは

自分の人生はあと何年続くのだろうか?

あと何年続くかわかれば思い切って好きなこともできるだろうに。。

そんなことを思ったことはないでしょうか?

私はよく思います。

 

 

あと何年生きるのだろうか

あと何年生きるのだろうか。このことを私はよく考えます。

あと何年生きるのかわかることはメリットが大きいという風に考えているためです。

私は基本的に働くことが好きな人間ではありません。東京の満員電車には慣れませんし、余計なストレスもできれば抱えたくありません。しかしながら生きていくためにはお金を稼ぐためには、仕事が必要です。この仕事をあと何年続ければ終えることができるのか。また、老後を気にしてどれくらい貯金すればよいのか。そんなことばかり考えてしまいます。

 

死ぬときがわかるメリット

死ぬタイミングがわかるメリットとしては、上記であげた不確定要素の部分を把握することができることです。たとえば、あと10年で死ぬとわかっていればその期間生きるのに必要な資金を貯金して、貯金が完了したタイミングで仕事をやめてそれから好きに過ごすという選択ができるからです。

また、死ぬタイミングがわかれば死んだ後にもっと会っておけばといった後悔も少なからず減らすことができるのではないでしょうか。

 

余命診断でチェックしてみる

どうしても調べたくなって「寿命 調べ方」で検索してみたら、保険会社がやっている余命診断が見つかりました。確かに保険はいつまで生きるかによってどのように保険をかけるかが重要になってきますもんね。

 

診断はこちらから↓

三井生命保険株式会社:長生き診断

 

結果は。。。

f:id:work-life:20170326184950j:plain

 

なんとも普通。平均くらい生きるようです。質問内容がやや高齢者向けのようにも感じました。(保険会社の診断なので当たり前ですが。。)

平均くらいまでを見積もって生きていきます。

 

死ぬまでに後悔しないために

将来のことばかり考え、タラレバといっていても事態は好転しないように思われます。

仕事はしたくないですが、自分が好きと思えるものを見つけることがより良い人生への第一歩なのかもしれません。

私は引き続き仕事をしながら転職等を考えて動いていこうと思います。

みなさまも一度上記のような余命診断を行ってみて、人生について考えてみたり、健康に関して振り返りを行ってみてください。

 

直近の退職者の話こそが就活生が知りたいことでは

就活を行い、内定をもらった会社で働き、1年ほど経ちました。

就活生には限られた情報の中で納得のいく選択をしてほしいですね。

 

就活生の前に出てくる社員

就活中には色んな会社の色んな人に会うことが多いと思います。

ただ、就活生の前に出てくる社員というのはどのような人かというと会社内で就活生に会わせても問題ない人です。つまり、色んな人がいるなかでも仕事もでき、人当たりもよく、就活生が好きそうな話ができるといった人です。

そしてその環境が合った人が出てくるということです。当たり前ですが。

 

環境にあった人が言うこと

その環境に合った人が出てくるということはどういうことか?

それは、基本的にポジティブに考えているといることです。自分が働いている環境に何かしら不満を抱えているとしてもよしとする部分が大きく、転職などをしていない人です。不満を大声で就活生に言うような人間はそんな場所には呼ばれませんから笑

つまりそれらの人から聞く話というのは、基本的にはよいところばかりになりがちで、悪いところも言ってくれるかもですが、いいことに比べれば大したことないみたいな話になりがちなのです。

 

会社を辞める人もいる

一方、新卒で入った人にも関わらず会社を辞めてしまう人も当然います。

私はかねて思っていたことですが、本当に話を聞きたい人はこっち側の人の話なのです。実際に会社を辞めた人がなぜやめたのか、働く環境はどうなのか?といったことを聞きたいのです。なかなか実現性は低いですが。。。

 

会社を辞めた人には様々な理由があります。今、会社にいる人には見えていないマイナス面や実態といったものを就活生にリアル伝えることができるのだろうなと。。。

会社には本当に色んな人がいるため、実際に会った人が会社のすべてと思うには危険すぎますし、その憧れの人と一緒に働けるとも限りません。実際のリアルな声を反映できるのは、現場をやめた人しかいないだろうなと。

 

実現できないものか

というわけで、この状況を作り出すマッチングサービスとかあればいいなと思うですが、退職者の方の負担が圧倒的に大きいんですよね。

結局協力してくれそうな退職者はその会社に好意的な印象を持っている人だけだろうなと思います。不満をたくさん抱えた退職者からしたらこんなことを言っていたという話が出回ることは大きなマイナスしかありませんからね。

どうにか実現できないかな

外から見ると奇妙に見えるね。就職活動

自分がその中にいると見えないことは多くある

逆に外からじゃないとわからないことも結構ある

 

中と外

何事もその中にいる人と外にいる人がいます。

言い換えるとそれを行っている人や夢中になっている人とそれ以外の人。

前者が中の人で後者が外の人です。

この二者の温度差は恐ろしいほど大きなものがあります。アイドルを少し悪く言ったり、共演者が少し接触しただけで燃えちゃうなんてことも多々ありますよね。

 

中の人

中の人は当たり前ですが大真面目に夢中になって行っております。しかしながら外から見るとその世界観を理解できずに奇妙に見えてしまうものです。ただ、夢中になれるものがある人の話は非常におもしろいことが多く、私自身夢中になれるものががないので、正直うらやましいなと思います。

そんな私が中の人となり、行った数少ないことのひとつが就職活動です。最近は、就職解禁とともにスーツを身にまとい、一目で就活生という感じの方をよく見かけます。

あのいかにも就活生という感じの格好は全然好きにはなれません笑

社会人になって外から見たのでわかったことですが、あれは結構奇妙だなと思いました。

 

外から見ると奇妙に見える

私の勤務しているオフィスには別の階に貸し会議室が併設されております。そのため、会社説明会等の機会が多く、いかにも就活生を多く見かけます。去年は自分が中の人間で全く違和感なく行っていましたが、いざ外になると結構違和感ありますね笑

 

1.みんな同じに見える

違和感の根源であり、すべてかもしれませんが、この部分が非常に違和感を感じます。会社説明会等に来ている人はみんな同じに見えるのです。当たり前ですが、みんな違う人です笑。ただ、ぱっと見みんな同じに見えてしまうのです。男の人は短髪スーツ、女の人は後ろ結びスーツでクリーム色のトレンチコートを羽織っているような量産型です。そのみなが同じ所に吸い込まれ、同じ所から出てくるのですから。

 

2.それがないとだめになると思う

これは全てのことにあてはまるわけではないですが、中にいると偏った考え方になりがちです。就活なんかはその典型といえるのではないでしょうか。就活中に就職できなかったら人生終わり、もうだめ、果てには自殺。。。みたいな極端な考え方になります。アイドルオタクの人とかもものすごい金額を使って、この子がいないと。。。みたいになってる人いますよね。

これらは就活であればうまくいかなくても、アイドルオタクであればその子じゃなくても、実際はどうにかなる可能性があります。仕事であれば、アルバイトから正社員といった道(実際に私の会社ではこういう事例はあるようです)、アイドルオタクにはその子じゃないアイドルやリアルの女の子とか。

しかしながら、中にいると恐ろしいほどに気づかないのです。

 

就活はよくわからん

就活に話を戻しまして、就活だけに限ればよくわからないことが多く見られるかなと。ブラックスーツの決まった髪形で就活を行うのは、それがTPOがわかるという認識になるからと思い、私は就活をしておりましたし、今もそのように思っております。また、仕事では大事な商談時にはスーツで行くことが基本ですので、大事な場面に着るものという意味では合っているのかもしれません。

ただ、それでもやはり全員が全員同じ格好というのはやはり奇妙なものです。

出る杭になるのがいやでそうなるというのはわかるんですけどね。

 

外から見るのも重要

今一生懸命、中で尽力することは決して無駄なことではないです。ただ、会社に入ってみると就活ってなんだったんだろうかとか思っていたのとは違うとかは往々にしてありうるので、思い通りにいかなくてもふさぎ込まずにいてください。

中で夢中になっていると他が見えなくなってしまいます。

たまには外から見ることが気持ちが楽になったり、好転したりするものですから気楽にやってください。

 

p.s 全員同じ格好になると顔面ランキングが露骨でもっとも嫌なことです。。。

文字がない世界と文字の偉大さ

自分の仕事以外にも世の中には多くの仕事があって

そんな人の日常は想像がつかないことばかりでおもしろい

 

幼稚園の先生の話

先日久々に実家に帰りました。その際に今年から幼稚園の先生となった妹と話をしたのですが、そのときの話がおもしろかったです。自分にはなかなか難しい仕事だなと思いましたが、その世界は非常に興味深いです。

 

年中さんができること

妹は年中クラスの先生らしく、毎日大変だそうです。ちなみに年中クラスの生徒の年齢は4~5才だそうです。自分にとっては遠い過去すぎて全く覚えていませんが、おそらく私自身幼稚園に行くことを嫌がっていたので、少なくとも話はできていたのではないでしょうか。年中くらいの年齢の子供は話はできると思われます。一方で、ひらがなを知らないようで読むことはできないとのことでした。

 

文字が機能しない世界

文字が読めない人の世界は私の日常ではなかなか触れ合うことのない世界です。文字が読めない人の世界で起こることでおもしろかったのが、自分の所有物がわからないという話です。幼稚園に来る子の私物には誰のものかわかるように名前が書いてあります。しかしながら、その名前を誰も読むことができないのです。先生である妹を除いては。

言われれば当たり前の話ですが、非常におもしろい話でした。一種のコントのようで。

 

自分の名前は音でわかる

彼らの世界は音でできている。文字が読めない彼らの世界では、ものの名前の判別はすべて音に頼ることになります。人が発した音とものとを自分の中で結びつけることによりものを判別しているのでしょう。後ほど、文章で確認すればいいからということで済ますことができないので、聞く力は鍛えられるのかなとか笑

 

コミュニケーションをとらざるを得ない

文字が読めないので、名札があっても名前がわかりません。そのため、必然的にコミュニケーションをとらなければ名前がわかりません。名札や座席表を見て「あいつは田中って言うんだ~」みたいなことができないため、what's your name?から会話をスタートさせなければいけません。

名札や座席表を設けないというのはひとつのコミュニケーション向上施策になったりもするのかなと思ったり。

 

文字が読めないとブログも読めない

文字が読めない世界では読めないなりに世界をうまく構築できていたのでしょう。しかしながら、文字が読めるということはやはりすばらしいなと感じることが多いです。私は本を読んだり、ブログも読んだりすることが多いので、これらすべてができないとなると困るなと。。。文字が読めるだけで多くの人の考え方に触れることができるので、文字が読めるって言うのはありがたいですね。

 

 

残業100時間未満。過労死ラインで争う奇妙さ。

働き方を見直そう。

ここ最近の大きな動きのひとつです。

プレミアムフライデーに続き、今回は残業時間です。

ただ、やはり期待はできませんね。

 

残業時間を見直そう

2015年12月末、電通に入った新卒社員の方が自殺を行い、ニュースとなりました。元々激務であるとことが有名な企業でしたし、業界的にも忙しいところという認識でしたが、その労働環境の実態、労働時間やパワハラ等が明るみになり、大きな話題となりました。

これまで日本の労働環境は海外と比べてあまりよくない、悪いと言われてきました。そして、そのひどい労働環境に対して変えていこうという風潮はありましたが、大きな変化はありませんでした。しかしながら、このニュースをきっかけに電通への立ち入り審査であったり、他の企業にも労働時間の是正勧告であったりといった積極的な動きが見られました。

すべての自殺が労働環境のせいではないですが、その原因が一端となって自殺する人が多いと思われる日本でやっと労働環境が変化する機会が生まれたのは非常によいことではございます。ただ、人が亡くなってやっと動くのでは遅いのですが。

 

残業時間改革?

上記の電通のニュースで亡くなった新卒の方は、月平均100時間を越える残業を行っていたようです。厚生労働省では過労死ラインとして単月で100時間、月平均80時間の残業を設定しており、この設定基準を大きく超えるものとなっています。

ただ、驚きであったのが今回のニュースです。

残業上限「月100時間未満」 首相が「裁定」:朝日新聞デジタル

残業上限「月100時間未満」というもの。繁忙期のMAXの残業時間は100時間までOKというものです。また、忙しい時期には2ヶ月~6ヶ月の月平均残業時間80時間を上限とするというもの。過労死ラインぎりぎりの設定となっております。

 

なぜ100時間をOKにできるのか?

なぜそもそも残業100時間をOKとしているのか甚だ疑問であります。これらを議論しているかたがたは実際どのくらい働いているのでしょうか。これらを議論している人はどういう人か?それは労働者を雇う人間または労働者を雇う人間と繋がっている人間が多いです。すなわち、この内容を議論しており、100時間や100時間を越すことをOKというようなことを言う人間にとっては、長い時間働いてくれる方が都合がよいのです

たとえ、過労死ラインであったとしても賠償金を払い、夜には電気を消し、朝早めに出社するだけで済むと考えられるからではないでしょうか。もちろん、ばれたら大事になりますが、ばれないように根回しを行うこともできるのではとも思われます。

また、労働面にて大きな問題があったとしてもこれまで付き合いのある企業はその取引を突然変更するのもリスクになるので、そのようなこともできず、企業経営が苦しくなるといった事象も起こりにくい構図になっております。

 

過労死ラインですよ?死ぬかもしれないラインですよ?

上記のように、内容が固まってしまいそうでして、疑問が残るばかりです。

だって過労死ラインと認めているのにも関わらずですよ?人によって働くことが可能な時間は変わってくると思います。ある人は120時間働くことができるかもしれませんが、ある人は80時間が限界かもしれません。皆が皆、100時間働くことができるわけではないのですから、過労死ラインの100時間で議論することはおかしいと感じます。過労死ラインに対して幾分かの猶予が必要だと思うのですが、この辺りはどのように考えているのでしょうか?

また、100時間働くとなると1日13時間働くことになります。

毎日13時間働くことの生産性はどれほどの効果が期待できるのでしょうか?日によっては13時間くらい働くこともありますが、毎日そのような働き方はまったく効率的ではありません。長時間働くと1日の終盤ではやはりミスが出てきます。前日のミスを翌日の午前中に直すことから始まるような日々になっていってしまうと思います。

長時間働き、ミスが重なり、仕事がたまり、精神的に厳しくなるという悪循環を抱えている状況を個人の責任で片付けて、依然として長時間働かせるのですから日本は働きにくいと思います。

 

会社は守ってくれない

会社にとって従業員は貴重な資産であることは間違いありません。しかしながら、耐久消費財の一種です。資産ではありますが、使い物にならなくなればいつでも取替えがきく便利なものです。特に、上記のように従業員を長い時間拘束し、使い倒している企業ほどその傾向は強いでしょう。悲しいですが、私たちの立場は弱く、守ってくれません。

会社の存続が第一であり、会社の名前さえ担保できれば人が変わろうが何とかなると思っているのでしょう。また、そのような会社で生き残ってきた社員はその労働環境が「普通」と思っているので、働けないやつは働けないやつの問題だという思考へと落ち着くのです。この考え方を変えるのは難しいです。

 

100時間働かせるような会社とは早めに決別を

100時間働かせるような会社ではいつ自分の身体に支障が出てもおかしくなく、守ってもらえる可能性も低いだろうと言わざるを得ません。働けど働けど身に着くのはその会社での仕事の仕方であったり、社内調整の能力であったりと自分の会社以外では通用しない能力かもしれません。

日本にはたくさんの会社がありますし、自分の能力を磨いて海外で働くという選択肢もあります。100時間働かせる会社とは早めに別れを告げるのをおすすめします。

 

どうする?労働環境

少子高齢化によりますます人口が減っていく日本において、一人でも多くの人に働いてもらうことが必要不可欠となってきます。また、優秀な人材であったり、英語ができるような人材が日本以外でも働くという選択が可能な現在では、より多くの人に国内にとどまってもらうような環境つくりはとても重要な問題です。

より個人に見合った環境や柔軟な働き方ができるような環境を政府主導で作っていく動きを積極的に行っていただいてほしいものです。今回は進歩と言えば進歩ではありますが、もっと大きな進歩があることを今後期待しております。

 

手に職を、口に英語を

タイトルそのままの意味ではありますし、そんな深い内容があるわけでもございません。ただ、自分への戒めであったり、目標であったりとで忘れないように書いておきたい。

 

企業規模云々とか。。。

就活が始まって、やれ大手だとかやれベンチャーがどうとか世間では言われているが、結局のところそんなことが重要ではないのではないかと思うわけでございます。私も大手かベンチャーかみたいなところで迷って、結局大手というには小さく、ベンチャーというには大きな企業、といったどっちつかずの企業に入りました。結局どっちがいいかみたいなものは人それぞれだから一概には言えないし、重要ではないのではないかと。。

そんなことよりも重要なのは、どうやって生きていくかみたいなところであって、大手=安心とかベンチャー=成長とかっていう二元論的な話ではないだろう。ましてや多面的な要素を孕んでおり、各々の環境により変化しうる状況であろうから迷っていても仕方がない。いつ会社が倒産するかもわからない時代なのだから。

 

手に職を、口に英語を

生きていくには仕事をしなければならないことは避けることが難しい事象であり、働かないでよいのであるならば、働きたくない私としては非常に残念なことであります。ただ、どこで働くかということは少なくとも選ぶことができるのではないかということであって、そのために重要なことは日本式労働環境に慣れるということではなくて、世界のどこでも働いていけるような能力だなと思っております。

手に職を、口に英語を

少なくとも英語が話すことができれば、活躍できるフィールドは世界へと広がっていくことでしょう。日本語だけで活躍できるフィールドは限られてしまいますから。

そして、もうひとつ。手に職を。これが非常に大事であり、この部分をどうやって手に入れるのかということが今後の至上命題。ただ、現在営業職という仕事を行っているが、この仕事では手に職があるとは言いがたい。これは、私自身の問題であるのだから、必ずしもそうではないのだが、営業職という仕事が好きではない。というか苦手で嫌いである。営業が得意、好きという人にはこの分野を極めてもらうほうがよいでしょう。というのも、どんなものでも売れるという営業力があったならば、それこそどこでも何でも売って生きていけるのだから。

結局、これ以外の能力がほしい、特にオフラインの健康関連(例えばヨガインストラクターとか?)の能力がほしいと考えていたりもする。人の健康は切っても切れないものであるし、人々の生活が豊かになればなるほど最終的に行き着くところは健康であるのだから、この部分を押さえることができると光が見えてくるかもしれない。ただ、苦手なところだったりするため、プログラミングのような話す言語問わず、必要となる能力が変わらないものを習得していきたい。

手に職を、口に英語を

これさえあれば、生きていける。いや、よりよく生きていける可能性が高くなるということであろう。企業規模が云々とか今の仕事が云々とか。重要なことはそんなことではなくて、上記条件が身につく環境か?今の仕事で身につけれるか?ということが重要なのではないだろうか。